アドラー心理学「目的論」とモンテッソーリ的な子どもの見方
こんにちは。
本日もお読みいただきありがとうございます
東川口モンテッソーリ幼児教室のやまうちゆかです。
本日は
親和性が高いと以前も書きましたが
私が
あ~ モンテッソーリ教育と似てるなぁ~
と感じたのは
アドラー心理学でいうところの「目的論」です。
アドラーは、人間の行動は全て目的があると言っています。
そう。過去の出来事が現在の状況を作っているのではなく
あくまで人は何かの目的があって今の状況を作り出している。
例えば。
結婚に踏み切れない人がいたとします。
実は親の離婚を経験していたとすると・・・
原因論で言ったら、親の離婚が原因で家族が作れない…になるけれど
目的論で言ったら、また親の様に離婚してしまい、こどもに寂しい思いをさせてしまうのではないかと恐怖があって家族をつくれない…になる。
これ、全然違いますよね。
その人が結婚をしたいけれどできない場合
どうアプローチしていったらいいかが、全く変わってきます。
目的論で考えると、より人の行動変容に繋がりやすくなる。
(あ。一方で、システムや物を相手にする場合は原因論の方がいいですね~
これ、混同すると人間関係ややこしくなります。
夫も仕事柄、原因をつきつめるタイプ。
これを家族の問題解決に持ち込もうとしても、あんまり良いことはないと
夫婦ともに実感しています~)
子育てでいうと
子どもが泣いて泣いて仕方がなかった…
その子どもの目的は
ママと遊びたかった
リフレッシュしたかった
純粋にやってみたかった
だったりします。
そのこども自身の気持ちを大切にしながらも、
泣くという手段ではなく伝えることのお手本を、大人が示したり
「なんで〇〇したの?」
「なんで〇〇しないの?」
ということではなく
「どうしたかったの?」
と聞いたり、
「〇〇したかったね?」
と気持ちを代弁するというコミュニケーションをとれたら、
こどもも、自分の目的に気づき、
よりお互いにとって気持ちの良いコミュニケーションの方法を
取れるようになってきます。
小さいうちは、コミュニケーションも学びの最中。
モンテッソーリ教育で言うところの、提示を
コミュニケーションにおいても
丁寧に示せたらいいなぁと思います。
そして、こどもの目的を考えるときの材料になるのは
モンテッソーリ的なものの見方や知識です。
からだのどこを使ってるのかな?何に注目してるのかな?
なにをしたがっているのかな?
なるべく客観的な視点で目的のヒントを与えてくれるように思います。
次回もまた、アドラー心理学とモンテッソーリ教育の話をしようかな。
アドラーでいう「勇気づけ」とモンテッソーリでいう「人的環境」
そこのベースには、きっと同じ精神があるよね~っていうお話
…になる予定ですw
本日もお読みいただきありがとうございました。
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